No.53「節分」


「はいこれ、頭につける勲章だよ」
「さわるな…ほんとだし…？うれしいし…」
こうして公園をうろついていた野良たぬき達のおでこに装着されたのは、紙製の赤鬼の面でした。
輪ゴムで固定されるので、ある程度たぬきの頭の周径にあわせて伸び縮みするそれは成体たぬきになんとなくフィットしていました。
そして、赤たぬ鬼(き)となったたぬき達に節分の大豆があちこちから一斉に投げつけられます。
「何するし…」
「やめてし…」
「ひどいし…」
とはいえ大して痛くはないのでジタバタする程でもなく、
「なんだし…豆もらえるし…ぽりぽりし…」
「こっちにもあるし…ぽりぽりし…」
「ぽりぽりし…ぽりぽし…」
自分に当たった後に地面に転がる大豆をしゃがんで拾い食いしながら、図太い神経をした赤たぬ鬼達は後頭部や背中に大豆の嵐を浴び続けていました。
結局、大人しくしてれば大豆食べ放題かと思われましたが世間はそれほど甘くありません。
たぬきのションボリにのみ作用する毒入りの駆除用大豆が撒かれていたので、赤たぬ鬼達は胸を抑え始めたかと思うと、
「ダヌ…？」
「グ、グ…グヌ…？」
「……じッ…！？」
泡を拭きながら、倒れていきます。
全部食べ終えてから時間差で毒性が発揮されるので、大豆の後片付けをしなくていいのがたぬ鬼を使った豆まきの利点でした。
遺体はたぬき回収BOXにぶち込めば済むので、非常にお手軽でした。


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とある家庭用の節分の大豆の袋に、豆たぬきがポップしていました。
「うわぁ、大量だ…きもいな…」
少なく数えても20匹ほど入っていて流石にずっしりとしていました。
袋の中で大豆をカリカリと食べながらキュウー♪とご機嫌な声をあげている豆たぬき達は、ちょっと狭いけどあったかいし…♪ぐらいにしか考えていませんでした。
「まあいいや、これ撒いたろ」
家主の人間は複数の豆たぬきをつかみ取りしてから握りしめ、丸くしてからそこら辺を歩いていた野良たぬき目がけて豆たぬき達を投げつけました。
「ギュエ…ギュ…ギュウウウウ！？」
「グ…グエエ…！」
「ｷｭ、ｷｭｳｳ！？」
袋の中でもぞもぞうごめく豆たぬき達は摘み上げられた仲間がかわいがられず、圧縮されて全身複雑骨折をさせられた後に投げつけられる様を見てようやく現実を知り、恐怖のあまり失禁してしまいました。
大豆をかじりながら、プルプルと震えるしかない個体もいます。

「豆たぬきが飛んでくるしぃ！」
「やだし…こわいし…！」
「たぬきのおめめ…見えないし…どこだし…」
それなりの速度で激突するため、野良たぬきも豆たぬきも互いに結構な損傷を負っています。
具体的には、目に豆たぬきが激突し片目を失った野良たぬきや、野良たぬきの頬に激突した後跳ね返り、地面に叩きつけられて首を折る豆たぬきなどがいました。

「次の投げるか…うわ…ばっちいな」

「助けてくださいし…」
「たぬき悪いことしてないし…」
「ｵﾄﾞﾚﾏｽｼ…ｱｯ…ｺｺｼﾞｬｵﾄﾞﾚﾅｲｼ…」
「ガクガクし…ガクガクし…」
「ｼ…ｼ…」
「ｼｨｨ…」

袋の中は命乞いに必死で涙や尿に濡れた豆たぬきでいっぱいでした。
人間は手を入れる事をためらい、豆たぬき撒きは諦める事にしました。
もぞもぞ動く袋の封を閉じて、輪ゴムで縛って、たぬき回収BOXに投げ込みます。

「ギュエーーー！」
「暗いし！出してし！」
「苦しいし…」
「ジタバタやめろし…」
「お前もだし…」
「息…できない…し…」
「………ｼ……」
「あ…あ…やだし…しっかりしてし…」

閉じ込められた豆たぬき達の命乞いは袋の外には聞こえず、たぬき回収BOXの中は死んでいるたぬきしかいなかったので、回収時間までに窒息死したり生き残っても暗闇の中で発狂して回収の時を待つばかりでした。


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また、ある家庭では。
「たぬはーそと、ひとはーうち…」
「入れてしぃ！たぬきも中に、入れてしぃ！」
ガラス戸をモチンモチンと叩きながら、飼い主らしき人間に懇願し続けているたぬきがいました。
まだ成体と子供の中間ぐらいで、甘えたい盛りといった大きさです。
ずっとあたたかな部屋に住んでいたのに唐突に放り出され、ガクガクと震えていました。
それなりに栄養も与えられていたので脂肪も服も分厚くなっていますが、とっても心細くてたまりません。
どうして自分がこんな目に遭わされているのか、まるで見当がつかないのでとにかく悲鳴を上げ続けています。
「おそと、さむいしぃ！」
「いやいや…たぬは外、人は内、だから…ね？」
「それなんなんだじぃ！」
この街ではたぬきはたぬ鬼とも表記され、たぬきが現れ出した頃から悪い事は全てたぬきに転嫁して丸く収めていました。
「アンタは我が家の無病息災のために飼ったの。今年の厄災を引き受けるためだけに育ててきたから。1ヶ月」
「むびょ…やさい…し？」
難しい言葉を並べ立てられ、頭たぬきはガラス戸を叩いていた両手を下ろして顔をしかめました。
飼い主ではなかったらしい人間はたぬ鬼の理解を待たずに続けます。
「1年間の悪いことをアンタに集めて祓うの。アンタの前のたぬ鬼も、その前のたぬ鬼もずっとそうやってきたから」
「じゃ、それ終わったら入れてもらえるし…？」
「アンタはもう2度と家には入れない。じゃあね」
人間が踵を返してガラス戸の前から見えなくなり、たぬ鬼は再び必死に泣きつきます。
「やだしぃぃ！や゛っ、いだいじぃ！」
かと思えば戻ってきた人間の手には大豆の袋が握られており、開け放たれた戸口から大豆が投げつけられます。
大豆を思いきりぶち当てられ、たぬ鬼は苦し紛れのジタバタを始めました。
大して痛くないはずですが、今までかわいがられていたたぬ鬼は過剰に反応しました。
説明を受けても、どうしてこんな目に遭うのか理解できず、
「いだっ！いだいじぃ！いびめないでじ…！」
やがてジタバタをやめて両手で頭を抱え、しゃがみ込んでくすん、くすんと泣いていました。
何度やめてとお願いしても大豆は容赦なく投げつけられ、やめてもらえたと思い顔を上げた視線の先では戸は閉められており飼い主さんの姿はなくなっていました。
「入れでじ……」
いくら悲しくてもお腹のたぬきがｷｭｳと鳴くのは止められず、這いつくばったたぬ鬼は観念して庭に散らばる大豆を拾って食べ始めました。
「ぽりぽりし…ぽりぽりし…」


「これおいしくないし…あったかいうどんが食べたいし…」
それでも大豆しか食べるものがないので、たぬ鬼は大豆を全て平らげてしっぽに抱きつきながら寒さに震えて眠りました。
───起きたら飼い主さんの気が変わっている事を願って。

でもやっぱりたぬきのションボリにのみ作用する毒入りの大豆でしたので、庭に撒かれた分を全て食べ綺麗にし終えたたぬ鬼は苦痛にのたうち回り───生まれてから1ヶ月と、買われてから1ヶ月で享年2ヶ月のたぬ生を終えました。
遺体はたぬき回収BOX行きでした。


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「飼い主さん…ちびどこダヌッだし…豆ぶつけちゃギュウッやだし…」
頬やこめかみに大豆をぶつけられながら、たぬき親子が室内を逃げ惑っています。
親たぬきが飼い主と呼ぶ人間は、先程自分達を拾ってくれたばかりで、あたたかいお湯で綺麗にしてくれたと思ったら急に大豆を投げつけてきたのでした。
所詮は大豆なので痛くはないですが、ひたすら投げ続けられれば心は痛みます。
まさか、たぬきをいじめる人だとは思わなかったので慮外の結果に困惑しました。
「ｷｭｳｳｳｯ！ｷｭーー！ｷｭｴｴｴｴﾝ！」
子供であるちびたぬきは緊張感に耐えきれず半狂乱で泣きながらどこかへ走り去ってしまいました。
ちびを探しながらまだ構造も把握していない部屋の中を逃げ惑うのはなかなかのストレスです。
「ちびどこだし…ギヌッまだぶつけるし…？そろそロッ、やめてほしいし…」
「わかった。じゃあこっちを向いたまま喋らずにこれ食べ終えられたら終わりにするね」
北北東を指して、飼い主さんが持ってきた海苔巻きを口に押し込まれました。
何かが動いた気がするので、虫でも入れられているのかと親たぬきはげんなりしました。
これ、絶対怪しいけど近くにちびのニオイがするからどこかにちびがいるのは確かだし。
ここは従うフリしてさっさとちびと一緒に逃げるし───などと考えながらも、ちょっと小腹もすいていたので親たぬきは海苔巻きに思いきりかぶりつきました。


「ﾓｷﾞｭ！」
「…っちび！？」
聞き覚えのある悲鳴を耳にして、慌てて海苔巻きから口を離して先端をこちらに向けると。
海苔巻きの中には、うつ伏せで両手足をぴんと伸ばしたちびが巻かれていたのです。
中心に位置する小さな顔は苦痛に歪んで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃです。
飼い主さんは同じ事を、ちびにも教えていました。
この中で1つも喋らずにじっとしていられたら、ままと一緒にここから逃してあげる───と。
海苔でぐるぐる巻きにされて身動きの取れない不快な感覚にも声ひとつあげず、じっと我慢していたちびが突然の痛みに鳴き声をあげてしまったのはほぼ反射のようなものでした。
その後はしっかり巻かれているのでジタバタもできず、不満を思い通りに表現することもできません。
「ｷﾞｭｳｳ！ｲﾀｲｼﾞ、ｲﾀｲｼﾞｨｨ！」
急にしっぽを齧られた痛みによるちびの悲鳴とほぼ同時に、驚いた親たぬきも声をあげてしまったので条件は未達成となってしまいました。
「失敗しちゃったね」
「だ、だってちびが…ちびが…」
「ｷｭｳｳｳ…」
親の歯形がついたしっぽにふーふーと息をふきかけるちびを抱っこしながら、自分達はどうなるのかと親たぬきは不安げに飼い主さんを見上げました。



「とりあえず、この大豆を全部片付けること」
あ、なんだし。
それだけでいいんだし。
出された罰の軽さに拍子抜けして、親たぬきは安心しました。
「このゴミ箱に全部入れるんだよ」
そう言って飼い主さんは別室の掃除に行ってしまいました。
「わかりましたし…ちび、一緒にやるし…」
「ｷｭ！」
親たぬきは自分のしっぽをホウキがわりに掃いて、ちびと一緒に床に散らばった大豆を集めていきます。
せっかくキレイにしてもらったのに、室内のホコリを巻き込んで汚れていくしっぽにションボリしていると、ちびがホコリまみれの大豆をかじり始めました。
必死に走り回っていたのでちびも小腹が空いたのでしょう。
「ｷｭー♪ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ…」
「こらちび…食べちゃだめだし…床に落ちたやつはばっちいし…」
「ﾃﾞﾓ、ﾀﾍﾞﾚﾙｼ…ﾓｯﾀｲﾅｲ…ｼ…」
「それもそうかし…ちょっとだけならいいかし…」
親たぬきも咎めながら本気で止める事はせず、嫌な思いの代償としてちょっとぐらいならいいかし、どうせ捨てるんだし───程度の気持ちで集めた大豆の比較的汚れていないものを選別し摘みはじめました。
「ぽりぽりし…ぽりぽりし…」
「ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ…ｼ…ﾎﾟﾘﾎﾟﾘ…ｼ…」
当然ですがこの大豆はたぬきのションボリにのみに以下略、でした。


「あーあ、ゴミ箱に入れるように言ったのに」
別室に散らばった大豆を掃除機で吸い終えて戻ってきた家主は、動かなくなっていたたぬき親子の遺体を見つけて無感動に呟きました。

「今年の節分も無事終わったな。後腐れないからこの方法が一番良いや」
翌朝───家主は特に感慨も湧かない様子で行きずりのたぬき親子の遺体をたぬき回収BOXに放り込みました。
 


これらはなんとか冬を生きているたぬき達にはとてもひどい仕打ちで、過剰となったションボリは街のそこかしこに反映されます。

行事ごとになぞらえて酷い目に遭わされているたぬき達のションボリを吸って、近隣のたぬ木農場の実は着々と数を増やすのでした。
またこの時に生まれたちび達がチョコレート漬けにされたり、卒業式の紅白饅頭のガワに使われたりして春の訪れを告げていくのでした。

オワリ